中村文則の『教団X』を先日読んだ流れで、同作家の作品で「大江健三郎賞」受賞作でもある『掏摸<スリ>』を読んでみることに。ちなみに大江健三郎賞には綿矢りさや本谷有希子といった錚々たる面々が歴代の受賞者に名を連ねていますが、大江健三郎本人から激賞されていた記憶のある長嶋有はこの賞を貰ってなかったんじゃないかと思って調べてみたら、ちゃっかり第一回目の受賞者となっていた模様(笑)。2006年創設で2007年~2014年の計8回で終了した短命な文学賞だけど、大江氏の中では長嶋有にとらせた時点で実は賞としての目的は果たされていたのではと邪推したくなる感も……、まあ世の中には2回しか開催されてない夏目漱石賞なんてものもあったみたいですが。ちなみに本作『掏摸』は大江賞の第4回目の受賞作となります。以下、ネタバレも含みます。
<あらすじ>
スリを生業とする「僕」は、その昔つるんでいたスリ仲間と共に強大な反社勢力の末端要員として、ある邸宅へ忍び入って犯罪の手助けをすることを強要された過去があった。その事件を発端として国の大臣が辞職して政治家が数人死亡し、さらにスリ仲間の一人の行方が分からなくなっていた。身の危険を感じていったんは東京を離れていた主人公だったが、再び都内でスリの活動を行っていると……。
一般的に日本国内だとあまり馴染みのないと思われる「スリ」。序盤ではそんなスリを働く人間の生態を描くことでしっかりと読者を掴んでから、徐々に失踪したスリ仲間のプロットを小刻みに挟んでサスペンスの要素を強めつつ、次第に主人公が不可避的に大きな犯罪に再び巻き込まれていってしまう様を描く構成。単純に読んでいて面白く、大江健三郎賞受賞作だからといって気構える必要のない読みやすさでした。
途中から子供にスリをさせている母子家庭が出てきて、話が一本調子にならない工夫もされているけど、貧困・弱者問題でお馴染みの中村淳彦の著作が好きなら、この部分も興味深く読めるんじゃないかと。(ところで、あの人『名前のない女たち』の映画化の件で炎上してたけど、その後どうなったんだろうね)
この小説を執筆する前に旧約聖書を読んでいたという著者。神話によくある『絶対的な存在/運命の下で動く個人』という構図を本作に取り込んでいるとのことで、抗うことのできない絶対者としての巨悪組織・それに翻弄されるしかない主人公とそのスリ仲間たちという図式があるわけだけど、その図式の外側に主人公にはもうひとつ「塔」という独自のイメージを抱えていたりする。常にその塔が遠いところに存在しているという主人公の感覚が何を示しているのかは語られないが(彼にとっての世間の目とか規律とかそういった概念が具象化したもの?)、そういった主人公の内面性に迫るテーマが一貫して描かれていることで、物語的な奥行きを与えているのだろうというのは筆者の解説にある通りだと感じました。まあ、作家本人がそう書いてしまうと自画自賛めいてしまっていますが(笑)。
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