村田沙耶香『コンビニ人間』:徐々に立ち上がる主人公の病的な気質

第155回芥川賞受賞作である村田沙耶香の『コンビニ人間』 読書感想

コンビニは3大手だとセブンイレブン派です。ここ2,3年でお弁当・お惣菜系に力を入れてきている印象。ちなみに2016年のコンビニ勢力図(店舗数)で業界4位のサークルK・サンクスが業界3位のファミリーマートと経営統合、全店舗をファミリーマートに統一するということで、店舗数で現在2位のローソンを抜いて首位のセブンに次ぐことになるという話がありましたが、ついに今月1日に名古屋のサークルKが衣替え第一号店としてファミリーマートになったそう……、長い枕ですが『コンビニ人間』読みました。



もくじ


あらすじ


第155回芥川賞受賞作である村田沙耶香の『コンビニ人間』、舞台はスマイルマート日色町駅前店というコンビニ。18年間、そこにアルバイトとして勤務する古倉恵子は、8人もの歴代店長の入れ替わりを見て来た大ベテランである。人手不足に悩む現在の店長をサポートして店舗を切り盛りできる頼れるアルバイターとして、自分の存在意義を日々噛みしめていた彼女。しかし、そんなある日、新人のアルバイトとして白羽さんが入ってきたことで、現場に不穏な空気が流れ始めて……。


作者に関して、現役のコンビニアルバイターの筆者がコンビニ小説を書く度胸


『文藝春秋』の受賞者インタビューを読む限り、作者は現役のコンビニアルバイターだと思われるのだけど、凄いのはリアルタイムで務めている職場と酷似する環境をネタにした作品を書いてしまうという度胸。前の店長などからお祝いメールを貰ったということですが、それもなんか社員さん?も込みで牧歌的で凄い。ある種、コンビニの実態についての暴露本になりかねない作りだし、この作品は「フィクションですよ、創作ですよ」と言っても、本人がコンビニにて現役で働いているとなると、色々勘繰りたくなってしまうのが人情というもの。つまり同僚や上司や正社員ひいてはお客から警戒される存在になりかねないことを、そこで働いているのによく書けるなという意味で度胸があるなと感じた次第です(まあ、コンビニそのものを極端にディスったりしている話ではないですが)。正社員で同じことしたら、上役に呼び出されたり査定に響きそうではあるなと。


主人公の病的な気質


主人公の古倉恵子は36歳の恋愛経験・正社員経験なしの女性で、家族から「どうすれば『治る』のかしらね」と心配されながらも一人暮らしをしている。なにが「治る」のかは具体的な病名など明かされないものの、一般的な社会性が少し欠如していたり、人の感情に関する理解力が乏しい、といった幼少期の挿話が挟まれる。そういう傾向をネットで検索すると「高機能自閉症」や「アスペルガー症候群」といった病名が出てくる。しかし作品からは断定できない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない、でも周りから「私は少し奇妙がられる子供だった」という古倉は、自分ひとりの時間や家族との時間、さらに友達との時間よりも、コンビニという規律の取れた空間で過ごす時間を好む。決まり事や指示されたことに従順であり、売上目標に対して店長以上に固執したりする。どうやらそれが彼女にとってもはむしろ自然な生き方で、人間らしくあるための術のようなものになっている。でも、彼女が知らないだけで、陰から色々と好奇の眼差しを向けられている。それを自覚できない。

白羽さんのクズ的な気質


対する白羽さんは、やはり社会に適合できない35歳の素人童貞でサボり癖・言訳魔・ストーカー気質と性格的にも破綻が目立つ男性、古倉恵子のことを「底辺」と評するが彼自身のことであったりもする。持論である「縄文時代」から続くという落伍者を嘲笑う社会構造を嫌い、そういった眼差しに対して異様に敏感。その意味で同じ「底辺」でありながら古倉恵子とは対照的な存在。白羽さんも名が無い病気の保持者かもしれないが、作中では「人生終了」のクズ野郎として描かれる。


作品の構造、だんだん立ち上がってくる主人公の病的な気質


読み始めてしばらくは、古倉恵子が病的な部分を持っているということはあまり分からない(むしろ全編を読み終えても病的だと感じない人もいると思う)。冒頭ではコンビニという空間に溶け込んで、しっかりと働いているように見えるし、非モテでフリーターであっても意に介さない様子。昔から変わった子供という扱いをされてきた描写が出てくるものの、ポンっと挟まれるそういった挿話はどことなく宙に浮いていて、主人公のキャラクターのちょっとした色付け程度かなという印象。
が、その後に現れる落伍者としての白羽さんとの摩訶不思議な同棲生活によって、古倉恵子の特異性が浮き上がってくる。白羽さんの登場なくして、彼女の病的な部分というのは見えてこないし、そういった描き方・構成がとても面白い。

同棲しながら白羽さんにどんなに口汚く罵られても、怒りの感情が湧いてこない古倉恵子(故に職場では周りに合わせてあえて怒ったりしている)、しかし彼から「あんたが異物で、気持ちが悪すぎたから、誰も言わなかっただけだ」と指摘されたことで、古倉恵子は初めてコンビニにおける自分の現状を少しだけ認識したりする。同僚たちから、そういう好奇の眼差しを向けられていたのかと。そのように白羽さんの自己中心的ながら真理もついた棘のある発言によって、古倉恵子が人間的な感情を徐々に獲得していく展開なのかと思っていると、最後は彼女が逆に病巣に戻っていくような予想外な展開で終幕。


感想


ふつうに思える主人公が本当に「治らない」なにかを持っていることが明らかになっていく展開が読んでいてギクリとするし、むしろ彼女は自分の意志を貫いただけという読み方も出来そうでとても面白い小説でした。
白羽さんがコンビニの朝礼を「……なんか、宗教みたいっすね」と評して、古倉恵子は反射的に「そうですよ」と心の中で答える場面がありますが、ここの解釈が気になるところ。『ビジョナリー・カンパニー』とかでも書かれている企業体質としての宗教性なのか、彼女個人にとって本当にすがるべきものとしてのコンビニ教なのか。両義的ではあるけど、『コンビニ人間』のタイトルからすると後者なんでしょうかね。

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