先日、直木賞を受賞した朝井リョウ原作による映画「桐島、部活やめるってよ」をやっと観たので、その感想というか解釈を。上映されていたころから話題になっていたので、ハードルが上がっていたにも関わらず素晴らしい作品でした、近年観た映画の中ではダントツに良かったです。基本的にネタバレのみの記事なので、これから観たい方はスルー推奨ということで。
桐島=菊池
スクールカースト制のトップに君臨する桐島が部活を辞めて雲隠れしてしまうことで学校内のヒエラルキー構造が崩れていく、その様子を群像劇として複数の生徒たちの視点から描いている本作。観賞すればお分かりの通り男子バレー部キャプテンであった「桐島」は作中に出てきません。出てこない「桐島」にみんなが振り回されるという、ちょっとベケットの「ゴトーを待ちながら」とかカフカの「城」を思い浮かべたくなる作りだけど、別に不条理系というわけでもないです。では、どうして桐島は部活をやめてしまった上に作中に出てきもしないのか?その理由は直接的に作中で語られることはないですけど、彼の親友であり校内の権力も同等にある野球部員の「菊池」を見ていると、だいたい理解できてきます、「桐島=菊池」という見立て。菊池が作中を通して辿る道を桐島は先行していたということです。なんでも万能であることを自負する菊池が最終的に弱り果てていく過程を見ていると、桐島も同じ状態に陥って部活をやめてしまったのだろうな、そんなことが想像できます。
菊池の弱っていく過程
「出来る奴は何をやっても出来るし、出来ない奴は何をやっても出来ない」といった内容のことをケロリと言ってのけていた菊池が映画部に向けられた8mmカメラの前で泣きっ面を見せる理由。これは弱小野球部の先輩の姿や、陰キャラ大集合の映画部たちとの接触によってもたらされるわけですが、つまり彼らを通して「真剣に今を生きていない自分」を発見してしまったからだろうと思います。あるはずもないスカウトを待ち続け3年の夏が過ぎても「ドラフトを終わるまではね……」と言って野球部を引退しない先輩や、「映画監督はムリ」と断言するけれど映画を撮ることに全精力を傾ける前田など、桐島がいたころの全能感に溢れていた菊池からすればほとんど蔑むような対象に近かったであろう彼らの姿に、生き方の真剣さを教えられることになる。そして、自分にはそれが無いことを悟った瞬間が、あの8mmの映像に映されているのだと思います。そして菊池以上に何をやってもそつなくこなせてしまう桐島の場合は、その真剣になれない自分を知ってしまったときのショックはさらに大きかったのではないかと。桐島はバレー部内での他の部員たちとの温度差からそれを悟ったのだと思います。
群像劇として
桐島が爆心地となって、バレー部、バト部、映画部、吹奏楽部、男子グループ・女子グループと多様な面々が振り回され、直接的・間接的にそのつながりが見えてくるのが壮観です。複眼的にとらえる必然性がある内容だし、登場する生徒たち全員に大小様々な物語があって、それ故に観終えてから語りたいことがたくさん出てくるというリッチな映画でもあります。原作にはないけれど、屋上で主要人物たちが勢揃いしてドキュメンタリー風ゾンビ映画の撮影が強行されるシーン、あそこで唯一の音楽である吹奏楽部の演奏が重なってくる演出も良いです、安易に音楽を使ってなくて偉いなあと。そしてロメロ風味のゾンビ映像、あれも前田にはあれぐらいのクオリティーで撮れているという感覚の高まりが伝わってきます。それと吹部の沢島が恋焦がれている菊池とその彼女のキスシーンを見せつけられても精神的に瓦解しなくて済んだのは、吹奏楽部の部長としての自分の居場所とやるべきことがしっかりあるからということを示して、それも「桐島=菊池」が壊れてしまことと明確な対称性があるし、真剣に物事に取り組んでいる人間の根本的な強さみたいなテーマは一貫されていました。群像劇として多人数の立ち振る舞いから主題を浮かび上がらせるという高度な技法を学びたいならこの映画というぐらい素晴らしかったです。
良かったシーン
ラストシーンである野球部が練習しているグランドの前で菊池が桐島に携帯から掛ける場面、電話はつながらず野球部員たちの音声だけとなって白くフェードアウトしていく残酷さが印象的。ちなみに役者たちはキャラクターの性格と話の展開のみで台本の無い「エチュード」を繰り返しているとのことで、それ故にかなり自然な役作りに成功している模様。
スクールカーストについて
本作だとワナビーにあたる沙奈のウザさが好演でした、「はぁ?」とか「あ?」みたいな女の怖さ(笑)。ちなみに下記の図はアメリカのスクールカーストの構造と各階級の名称です。
wikipedia:スクールカースト
桐島、部活やめるってよ(2012)
監督: 吉田大八
上映時間 103分
製作国 日本
公開情報 劇場公開(ショウゲート)
初公開年月 2012/08/11
ジャンル 青春/ドラマ/学園
映倫 G
全員、他人事じゃない。