デヴィッド・フィンチャー『ドラゴンタトゥーの女』、不可思議な人間心理

The Girl With The Dragon Tattoo

 原作は未読でミレニアム版も未見での挑戦。予告編でも使われていたレッド・ツェッペリン『移民の歌』で始まるオープニングはインパクトあるけど、本編から独立したミュージックPVみたいでツカミ色が強かった。NINE INCH NAILSのTrent Reznor&Atticus Rossコンビによるカバーバージョンで、フィンチャーの前作『ソーシャル・ネットワーク』に引き続き音楽スコアを提供しているとのこと。そういえば本作中にも「NIN」Tシャツを着てる人物が出ていた。



 話のあらすじは省くけど、感じたのはフィンチャーの『ZODIAC』に『エイリアン』のリプリーが乱入してきたような世界観で、上質なサスペンス+SFを混ぜ合わせたような欲張りな作りに思えた。原作がそうなのだから当然なのかもしれないけれど、とにかくスーパーハッカーであるリスベットのいでたちがサイバーパンクで、そうある理由や必然性は特に説明されることもないので、ちょっと置いてけぼり。(「ドラゴン・タトゥーの女」「火と戯れる女」「眠れる女と狂卓の騎士」の三部作のうちの第一部なので、彼女の背景とかドラゴンタトゥーに関する言及なんかは続編でということなのかな)

 『ZODIAC』では、犯人捜しのために情報提供を求めて入った家で、家主と話しているうちにもしかしてこいつが犯人か?と遅まきに気が付いて殺されるかもしれないという雰囲気の中で、さらに話の流れで地下室に一緒に降りて行ってしまい、いよいよピンチという場面があったけれど、『ドラゴンタトゥーの女』でもそういった場面があった。「僕は一杯やっていけよと誘っただけだ。君は気が付いていたのに、人に嫌われたくないという思いがあるから断れずに家の中までついてきてしまった」と正確ではないけどこのような台詞があって、フィンチャーはこのパターンの微妙な心理を描くのが好きなのかもしれない。殺されるかもしれないのに、その場の人間関係を壊さずに円満に保ちたいがために抗うことが出来ない愚かさ、そういう人間の不可思議な心理。娯楽作品的なアクション要素の多い今作だけれど、この辺は違った感覚としてスリリングで気持ちの悪さも心地よかった。そしてダニエル・クレイグは相変わらずカッコ良い、そしてカッコ良いのだけれど母性本能をくすぐる顔つきな気もする。

The Girl with the Dragon Tattoo HD Trailer – David Fincher Version


Zodiac Trailer

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